海と魚と地元が好きだった父
四十九日が過ぎたので、東京湾に散骨をしてきました。

まだあまり知られていない,海への散骨ですが,担当してくれた方の話によると、最近需要が増えているらしい。法律があるので,もちろんどこにでも散骨できるわけではないのだけれど,海,山,ハワイなど,故人が好きだった場所へ散骨を希望する人が近年増えていて,この会社だけでも年間400件くらい引き受けていると話していた。
もともと人間の最初は海からきているわけで,海に還ることは理にかなっているような気がする。
コロナ禍で,お葬式の仕方もさまざまになっている。骨壷も,都内のビルに預けたり,街の共同墓地に入ったり,樹木葬にして土に還るようにしたりして,昔からある考え方が一般的ではなくなっているんだなと思った。
リアルなお金の話で言うとお墓代のこと。まず購入にとてもお金がかかり,入ったら終わりではなく維持費がかかったり,〇〇費,〇〇費,といろいろあって,すごくたくさんお金がかかる。残された家族に負担をかけたくないとはみんな思うからみんな老後や死後の心配が絶えなくて,生きてるうちに頑張って働いて老後の資金を一生懸命に貯めているわけだけど
・・・ちょっとまって。それが日本を暗くしている問題のひとつだよね?
うちの父はまだ若いのに,両親の介護をしている間に自分も呆けてしまい,病気も重なり,働けなくなってしまった。
財産なんてほとんど無くなってしまったが,この散骨が終わってちょうど貯金を使い切り子どもに金銭的な負担はかけずに四十九日の全てを弟がやりくりしてくれた。
12月の終わり,ゆりかもめで日の出駅まで行き、そこから小さなボートに乗って東京湾へ出た。
ボートには,父のお姉さんご夫婦,父の親友2人と、弟と私の6人が乗った。


水溶性の袋に入った粉骨を持ち,ひとりずつ「ありがとう」ってそっと海へ入れたり,新しい人生の門出だからと元気にとばしたりした。
その後、お酒とお花をみんなで海へ入れた。



BGMは父が好きだった懐かしの米米クラブ,弟が用意してくれて,乗務員の方がスピーカーで流してくれた。子どもの頃の記憶,海のキラキラした光,ちょうどいい風が重り,その空気がみんなを包んでいたようで感動した。
骨と花とお酒を海に入れた後、ボートはそのまわりを一周して、鐘を鳴らし,みんなで黙祷をした。


約90分の散骨プランだった。戻る頃には日が傾き,さらに海をきらきらさせていた。
全員が初めての経験で,海に散骨ってどんな感じなんだろう?って不安混じりだったけど,ボートが戻る頃には,すばらしかったね,伸ちゃん(父)らしいなぁ,よかった。とかみんなでたくさん言い合って,広い海の上で一緒に味わったこの感覚に感動していた。
弟がぼそっと「俺も,おとんと同じところに還りたい」って言ったので,すぐ「私も」って言って,おばさんも「私も!」って続いたので,じゃあみんなでかな?と笑った。
私たちが小さい頃仕事が忙しくって,あまり遊びに連れて行ってくれなかった…って思ったことがあったけど,「今日はおとんからの最後のプレゼントみたいだね」って言ったら「そうだね、最高だよ」ってみんな言った。

本当に素晴らしい日だった。
お父さんありがとう。
この日の思い出,父がくれた光,海の美しさ,全てに感謝して,これから先も楽しく悔いなく生きていきます。
とてもいいお話ですね!私たち夫婦もも散骨希望です。お墓を作っても、誰もお参りなど来てもらえないので、意味がありません。ワイキキでもノースでも良いと思ってます。ハワイの海も日本と繋がっているしそれで大満足です。ながーい、とてもとても長い未来を考えると、地球はいつか太陽に飲み込まれるそうなので、あまりそう言うことには神経質にはならないようにしています。そんな意味で、残りの人生思いっきり楽しんでいまーす、、、笑。
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コメントありがとうございます。ハワイの海に散骨も素敵ですね。私も弟も父と同じように海に還ろう,海ならどこでも好きな場所でいいかなと思っています。
散骨の日は私たちにとって、とても美しいよい思い出の日になりました。その空気感を感じてくださって嬉しいです。
明るく、人生楽しみましょう!
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