
ドライヤーがだるいなぁとか思いながら知らない人のInstagramの写真をみてたら泣きたくなった。
その人の写真をさかのぼったら,投稿数が少なくてすぐ5年前くらいになったけど,奥さんの写真が定期的にアップされてる。
けど,
ふたりはもう別れたことを知ってる。それが自分と重なっちゃったのだ。
写真は字の通り真実を写してる。
ときに美しく,ときに残酷だ。
すごく大切だったものを過去に置いてきてしまって
もうなくって
戻れない。
そんな感覚になった。
彼の悪口を言わなくなった今,
愛しか残ってない。だから余計にさみしい。
彼の携帯には,写真うつりが悪い気の抜けた顔してる,または目を瞑ってる私の写真がまだあるのだろうか。
みたら泣いちゃうから封印しているか,完全消去をしてるか
私以上に繊細な彼は,写真を見るどころか名前も聞きたくないかもしれない。
彼を弱くしていたのは私で
私を弱くしていたのは彼かも。
私は携帯を新しくしたので古い携帯は最近みてない。
こうやって,定期的に彼を思い出すのも悪くないし,そんな自分をうじうじしてるなんて思わない。
出てくる感情があればそのまま受け止める。
そんな自分をせめずに許す。
きれいに消化するのにはあと3年〜5年はかかって普通だ。
冷蔵庫,ベッド,ラジオ,鍋…
手放してしまってから後悔してる。
彼もだ。
結局,
問題は自分にあった。
彼は私の鏡だった。
それに気付かずに離れてしまったことがよかったのか悪かったのかはわからない。
でも,彼は今いない。
いない世界に来た。
せめて,友達にはなっておきたかった。
うーん。でもなれないな。今は。
でもわかってる。
私は彼が好きだったが恋愛対象として好きではなかった。
彼が私をいとおしく思ってる時に幸せを感じた。
彼は家族であり仲間だった。
お互いがお互いを苦しめていたから
終わりが来た。
だから,仕方ない。
新しくなることをおそれないこと。
生きているんだから自由に変われる。
彼をちょっと思い出したくらいで切なくなったり悲しくなったりする,こんな思いを経験させてくれた。
こんなに大切な人はなかなかできない。
書いていたらすっきりしてきた。
ありがとう。おやすみ。
お互いに幸せに生きていこう。とか思って思いを飛ばした。
ありがとう。ただそれだけ。