
Forgiveness is peace.
「ゆるしは平和です」
最近,私はよく怒ってる。
自分が日々心がけていること
大切にしていること
自分のポリシー?
というか,
自分の常識であり愛だと思っている行為ができない人
悪気なく、できない人に対して
腹が立つ。
なんで?って。
例えば,朝にさわやかに挨拶するとか
みんなが食べ終わるまで片付けないで待つとか
相手が話している時はちゃんと聞く姿勢をつくるとか
お礼は顔を見て気持ちを込めて言うとか
準備や後片付けを人任せにしないとか
普段助けてもらってるなら,自分が余裕あるなら助けるとか
当然でしょ?
難しくないのに,なんでできないの?
って怒り。
逆を言えば,そういうことができる人が気持ちよくてすきで一緒にいたい
いつもとか,毎回とか,
そんな窮屈な感じじゃなくて,
『おたがいさま』で無理なく循環する環境が自然で心地いい。
大人はさておき,
子どもに,そういう,にんげんの土台みたいなものを,私はきちんと伝えたい。熱がある。
でもなかなか伝わらない人って一定数いるのが現実で,そこを私の熱で強制しようとするのにはとてもエネルギーがいる。
私という人間と関わった以上,私は私のエネルギーを削ってでもちゃんと伝えたい!それが私の使命だ!教えなくちゃ!
……って思ってた。
でも…少しちがうのかもね。
いろんな価値観がある。
私が怒り狂って主張したって,
何の意味がある?
それが相手に響かないのならエネルギーの無駄遣いです。
結論。
いい意味で諦める。認める。
そう。ゆるしなんだ。
私の姿勢や教育感は変わらない。
でも,それは,心の中にあれば,
伝わるべき人には伝わるのだ。
自分のエネルギーを削って伝えるのは違う。
怒りは気付き
気付いたらゆるす。