それぞれが信じるもの

スポーツでも、趣味でも、仕事でも、

何かのことに自分の生活の全てをかけるくらい真面目に真剣に取り組んだことがある人は

その世界での成功や生きやすさを知っていて、それを身に付けている

身に付けてるというよりかはもう自分の一部になっている

それは誰もができることじゃなく、誰もが通れる道ではないから、すごいこと。

だけど、、、、

それって、その身に付けた知恵や知識って、

今の自分にも必要なのか

今後の自分も幸せにしてくれることなのか

変わらない成功法則なの?

身に付けた知恵や知識は

時に自分を縛り付けると思う。

そのことに気付いているか

それをわかっているかわかっていないか

自分のルールや成功体験ばかりに気を取られると、本質が見えなくなってくる

で、何を大切にしたかったんだっけ?って。

謙虚とは……

部活の先輩後輩関係の独特なアレじゃなく

目の前のものを純粋な目でみるってことだと思う。

経験や統計でわかった気になっちゃだめ。

疲れている時ほどやりがちな

〇〇なタイプ、と人をカテゴリー分けするようなとこまできたら相当その人は疲れてるし、傷ついている。

仲良くして利益がある人や、えらい役職の人には良い顔をして、マウントとった方がよさそうな人には冷たくする。小さな不親切をする。それは結構エネルギーを使う。

わたしは今までそんな人を責めていたし、やなやつって思ってた。なんなら関わることをやめた。めんどくさいし、こっちの気持ちが落ちる。

なんでそういう見方しかできないの?って思ってた。

でも、今は違う。

きっとその人はがんばって我慢してきちゃった人だ。

普通の人なら逃げちゃう(逃げた方がいいような)ところまで、やっちゃったまたはやるしかなかった人。

共感はできないし、深く寄り添うことも多分しないけど、、、

人には事情がある。

正論で責めるのはだめだと思った。

みんなそれぞれ信じたいものや生きたい価値観の世界がある。

それを否定したり正しくしようとしたり邪魔したりする権利はだれにもない。その人が決めること。

じゃあ、他人ができることは何かと言えば、責めないこと。その人の幸せを祈ることくらいしかないと思った。

あとは、適切な距離を置いて、自分自身の身を守ること。

今日は、(わたしだったら絶対しない)気持ちが落ちるようなことをされて、さらにひりひりするような場面を見てしまってちょっと嫌だったけど

当たり障りない会話でその場を丸くおさめて切り抜けた。

その相手にもやもやしていた。文句の一つや二つを吐きたかった。

吐いてもいい(わたしも傷ついたし)

でも、怒りを出した後に気付いた。

仕方ないなって。

本人が気付いて変わるか変わらないかはわたしにはコントロールできないけど

マイナスな視点でみるのをやめようと思った。

彼女は、すごい努力や苦労をしてきた人。

わたしにとって、すごくいい気付きだった。

投稿者: icecream

実家は梨園,東京に住む。趣味はジムとプール。仕事終わりにおやつを食べる時間が幸せ。好きな色は白、ミニマリストはやめました。朝は白湯とバナナとパン、夢は植物園のような美術館のような空間に住むこと。 多拠点生活をしたい。ラジオ生活。

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