2才までの記録

年始早々、弟が実家の大掃除をし始めた
約30年分の物、物、物
全部引っ張り出して
.
そんな中、育児日記が出てきたらしく、もらって読んでたらコンタクトが取れるくらい泣いちゃった。
.
2歳の私も、32歳の母も、今とやってることが全然変わらないじゃん笑!っていうことに驚いて、人の本質はいくつになっても変わらないんだねってよーくわかった。そして、父はいつも不在。
.
人にいじわるは絶対しないけど、母には噛みつくこと
天然なドMで自爆して「いたいねーいたいねー」と言っていること
絵と歌と遊びが大好きなこと
じっとしてられない
とにかく外で走り回りたいこと
みんなに愛想ふりまいて可愛がってもらうこと
待てができないこと
おいしいものもらって機嫌が良くなること
.
病院が嫌いなのは、2才になる前、生まれつきの指の変形を治すための手術を、お医者さんの指示でやることになった(生活に大きな支障は無いがふつうと違うからという理由で半強制的に決められた)こと原因だとわかった。
.
予定日に熱を出して延期になったらしいけど、また新たに予定が組まれてしまった。麻酔をかけられてした手術は無事に成功した。でも、嫌で嫌で怖かった。反抗して点滴を取って血だらけになっていたらしい。

母は人とは違っても個性としてそのままにしておくことが良かったのかもしれないと最後まで悩んでずっと泣いていたらしい。

目の前に点滴があり、母が優しくしてくれる。母が後悔とか悲しみとか苦しみとか不安とか自分を責める気持ちとか、いろんな思いを抱いていたことは当時1才の私にもよくわかっていたと思う。

あの時の、もう二度とこんな経験したくないって思って吐きそうな気持ちは、今でも思い出せる。
.
なるべく自然でいたい、人工的にきれいにすることを好まない、そのままでいいという考えも、多分ここから来てる。自然の中も。曲がった花こそ色気があって美しいと思うのも、ここだ。アートも、素材や場所や土地の良さを生かすものは大好きだけど、そうじゃないものは自然破壊だと思ってしまう。


そういえば、私は歯も矯正していた。矯正してもらわなかったら、私はかなりの出っ歯だったので感謝してるけど。足も、姿勢も、、、私は骨が曲がりやすい体で生まれてきたんだな。と今気付いた。目に見えてわかりやすいところで、人とちょっと違っても何も問題ないし、悪くもないってことをわかりたかったのかもね。

人間で言えば、もちろんすらっと長い足やいいスタイルは憧れるし、素敵だと思うし、魅力的。

でも、だからって、そこで人の価値が決まるわけじゃない。

心と体は繋がっている。

ピラティス?とかでいうと、体の歪みは心の歪み、とも言うのかな?言うとしたら、、、

私が本当の意味で、私の人生の目的、わざわざそうして生まれてきたことに気付いて認めて癒したら、骨の曲がりや歪みは治っていくのかもしれないよね。(おもしろい)

母の日記は、弟が産まれそうな頃、私が2才の誕生日を迎えたところで終わった。

余裕がなかった、と。

多分、少し解放されたんだと思う。それが私は寂しかったんだろうなー、そして、男である弟が母の癒しであることが羨ましかったんだろう。ありのままの天然な私は母を悩ませてばかり。弟は慎重派で頭が良くて母を安心させる。

自分に無いもの持ってて、劣等感感じまくりだったのね。

なんか、ちょっと答え合わせができた気がした。

投稿者: icecream

実家は梨園,東京に住む。趣味はジムとプール。仕事終わりにおやつを食べる時間が幸せ。好きな色は白、ミニマリストはやめました。朝は白湯とバナナとパン、夢は植物園のような美術館のような空間に住むこと。 多拠点生活をしたい。ラジオ生活。

コメントを残す

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう