
ゆめのなかで
私は中学生に戻っていた。
バレーボールの試合のレギュラー発表で、名前を呼ばれなくて泣いてた。
私は苦手なバレーボールを中、高と意地で続けた。叶わないことはない、と立ち向かいたかった。好きではないし、下手くそだった。
学校の体育の授業や、休み時間の力の抜けた遊びのバレーボールは楽しかった。
部活が嫌いだった。結果を出さなきゃいけないのに、下手くそだったから。毎日自己嫌悪で
本当はわかってた。
バレーボールは向いてないと。スマートなプレーに憧れるけど、それは憧れで、自分にはセンスがないと。
陸上部向き。
ひとりで、淡々と、気持ちよく走り、頑張る
人には向き不向きがあり、
向いていることは、楽しいし自信が持てる。
不向きなことは苦痛でしかない。
憧れや理想を追いかけたい、ちょっときらきらした思春期のような気持ちが30過ぎてもまだあるし、多分一生持って生きていくような、そんな性質があることを自覚してる。
仕事も、生活も、恋愛も、
私の場合、わかりやすい基準はバレーボール部か陸上部かだと思った。
憧れがあるとして、それは自分に備わったセンスがある分野なのかそうじゃないのか。
そこのスタートがちゃんとわかってないとなと思う。
無理して追いかける理想ほどくるしいものはない。
楽しいも苦しいも愛しさも憎しみも、極限までいくと見分けがつかなくなりそう。
よくわかんないけど、、
自分の感覚、をよく観察して、いらない理想は切っていかないと。
布団の中でそんなこと思った。
憧れって、自分にない物に惹かれることなのかな?それか、自分の中にあるけど気付いてない物を引っ張り出すために感じるもの?
わかんないけど、バレーボールの時みたいな、しがみついてあがいて頑張るような辛いのはもうやめよう。うまく行かないことはうまく行かない。