
扱いが雑、丁寧さがない、パワープレイ
実家に帰ると、それがふつうになる。
わたしが心を込めて丁寧につくったおせちをゴミだらけの机に置く。
わたしは汚れが落とされていない埃かぶったおせち箱を丁寧に洗い、なるべく丁寧に詰めるが、テンションが激落している。
時間もお金も労力もかかってやったものは
ここにきたらぐっと価値が下がったような気がした。いいや、全部持って帰ろうかって思ったけど、自分のためだけにつくったわけじゃないし、みんなの健康や良いことがありますようにって願い込めてつくったから、そのままばあちゃんちに置いてきた。
汚い机、片付いていないゴミだらけの居間
机の端っこの方で、丁寧に詰めたおせちは、猫が机の上を歩いて、だめだよと追い払う手を避けた拍子に猫の足があたり、床へ落下した。
もう、いい。なんにも期待しない。一瞬で無になった。
わたしは、こんな環境で、
少しずつ傷つき、雑に扱われて生きてきたんだな。
もちろん愛がないとか、責めるつもりもない。
そういう文化。
繊細さがないのだ。
大好きなばあちゃんにだけ。と、わたしの秘密を話したら、その日のうちに笑ってみんなに話し、笑いのネタになったこともあったな。
好きな人と、信頼する人はイコールではないと思った。もちろん不機嫌になってばあちゃんに怒ったけど、謝られるどころか、何が悪い?くらいの平気な顔してた。ばあちゃんは、謝らない人。都合が悪いことは人のせいにする。平気で悪口をいう。悪気なく。口が悪い。
ノートの糊がなくて、米でくっつけられたり
洗わない汚い手でわたしのものを触ったり、汚いところにわざわざ置いてお茶をこぼしたりする。
今日もいいから早く雑巾をかけろ、と物が散乱した床を指差している。
もらったもののお菓子の包装紙はびりびりに破いて床に放り投げる。
わたしが尊敬していて大切に思っているばあちゃんは、こう考えるとけっこうやばい。
今さら何を?と思うんだけど、
わたしはばあちゃんちや実家や、親戚の家が散らかり放題なのが、大嫌いだ。なぜここで生活ができる?って思う。靴下で歩きたくない。
色んな事情があるにせよ、
わたしは片付いてない部屋や、とっちらかったゴミ空間や掃除機をかけない、掃除しない家大嫌いだ。
それから、ずるい、優しくないおばさんも嫌いだ。
みんな、扱いが雑なんだ。
大切にしてない。人を環境を自分を。
わたしは違う。
わたしはそこに引きづられない。
嫌なものは嫌だ。
ばあちゃん母ちゃん親戚、みんなわたしと血が繋がる人たち。大切で、感謝してる。
だけど、わたしを雑さに巻き込まないでくれ。
わたしは今日から自分に丁寧に丁寧に生きる。生まれたての赤ちゃんを触るように自分を触り、話し、ゆっくり味わって食事をする。
わたしはわたしの価値観で生きる。
好きな人でも、価値観が合わないなら
一緒にいません。
好きと一緒にいるは、また別問題なのだ。