
私は私の女性性を否定している
パートナーがいない自分
子どもがいない自分
離婚した自分
彼氏と長続きしない自分
学生時代に好きな人と付き合えなかった自分
弟よりも愛されなかった自分
父親に愛されてる実感を持てなかった自分
ずっと、否定してきたものが積み重なって複雑化して見えなくなっている。それが自己の全体の否定となっていることに気付いた。
私は,自分をくるしめていた。ダメ出ししていた。理想の環境になるように頑張れってしていて、頑張っても思うようにならないから、何やってもだめなものはだめなんだね、って自分に失望してる。
結婚したい。子どもを産みたい。
そんな人生がいい。
それができなかったらどうしようという恐怖を見ないようにして、大丈夫、大丈夫、タイミングだから、と時がくれば、と自分を信じている。信じているようで、神任せなところもあって、自分の責任ではないとしているところもある。
結婚しなきゃだめ?子どもつくらなきゃだめ?
本当に?
自分に問いかける。
どうなっても幸せでいる自信
そっちのが大切だな。
今、幸せ。不幸もあるけど、幸せもたっぷりある。
離婚した一人暮らしの私は、さみしい。これは事実。一緒に夜ご飯を食べたりお話したり一緒に楽しく過ごす、時にはそれぞれがそれぞれに自分の好きなことに夢中になるパートナーがいたらいい。
100パー幸せなんて、ないしある。解釈で変わる。
そうすると、捉え方次第で100
嫌なことや不満があっても、それがあることで考えるし学びがあるし成長があると思ったら最高に幸せだ。
返事が来なくなったひろきくんも、だいすけくんも、出会えただけで私は幸せだし、自分をみつめる要素になった。知らなかった自分の強い欲求やいじわるさやわがままさやコントロール欲求に気付いた。
そして、それが出てしまうのは、自分に要因があることにも。
私ははやく安心したい。見える形で。付き合ったとか、結婚したとか。だからいそいでしまう。せっかちになってしまう。相手の返信が遅いとイライラしてしまう。はやく片付けたい問題だから。
本当は、楽しむことが大切なのに。
人生目標達成じゃなくて、課程だ。今だ。今の連続だ。
結果を出せない?全ての行動には、すでに結果がセットでついてきてます。
成功がいい結果ではないとは、わかる?
世間は100点とか、勝ちとか、活躍が成功。
私は、失敗もいい結果だと思う。
学びあり、失望感も味わえる。やるせなさとか切なさとか、そういう心に刻まれることがのこる。
心に残ることが、心に刻まれることが
結果、であるのではないか。
綺麗事ではない。
欠落している部分が良さでもある。それにそろそろ気付くべきだ。かんぺきじゃないところが、美しいこと。
そこにきらめくところがある。
成功への執着を捨てよ。
『成功への執着をすてよ』 いい言葉ですね!
ほんと、そうだなーと思いました。
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コメントありがとうございます。共感してくれて、嬉しいです。結果を見がちですが、過程を見る癖をつけようと思ってます。失敗したらビューティフルミステイクっていう曲をききます。失敗も、ある意味美しい。目指すべきは完璧じゃなく、完了✅
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