恐怖は経験したことないからこわい、未知だから

人が亡くなる瞬間にはじめて立ち会った

いちばんおそれていた、ばあちゃんで。

心臓が停止する

喉が動かなくなる

苦しくはなさそうだった。

ピーという心肺停止のアラームが繰り返す

何回かピーとなった後に、

看護師さんが、先生を呼んできますね

と言って、

先生は2分くらいたってから来た。

ペンライトで目を確認し、聴診器で胸の音をきく。

0時28分

実際には、0時25分くらいだろうけど

先生の確認完了が0時28分だから

その時間が亡くなった時間となる。

こんな感じなんだな。

私は逃げずに死と向かい合えた自分に驚いた。ら

顔の近くで、両目でばあちゃんをみた。

メダカ1匹でさえ、死んだあとはすごく悲しくなる。救ってティッシュにのせた時の重さ

昔飼っていた犬、チャチャを思い出した。

チャチャは体に虫がわいてしまい、皮が剥がれてきて、私は必死でピンセットでうじ虫とりをした。小さいシラスくらいのにょろにょろした虫を、一匹一匹、きりがないとわかりながらも、とった。高校生か、大学生の時。

もう元には戻れないのを分かりながら、寄り添う。別れを覚悟する。

この時の感覚と似ていた。

みんな、泣く。

思い出を思い出して、元気の時から今への変貌に嘆いたり

もう、故人がつくってくれた○○が2度と食べれないとか、○○してくれて嬉しかったのにもうしてもらえないとか。

『わたし』の生活が変わることに嘆く。

自分もそう思ったのと同時に、なんか自分勝手じゃない?って。図々しくない?っていう考えがよぎる。

自分勝手だな、って。

今まで受けていた恩恵を受けれなくなるから嘆くなんて。

さみしいっていうのも、主語は自分で、

結局自分勝手な依存じゃん。

ばあちゃんはがんばって生きた。チャチャもがんばって生きた。最後の瞬間まで、人生を生きた。

そこに関わらせてくれて、ありがとう。光栄だった。影響を受けた。その姿勢や素敵な見えないプレゼント(思いとか信念とか)を引き継ぐよ。これからの私の人生に繋いでいくよ!

そんなシンプルな気持ちで、いいのではと思う。

命がどのくらいなんて、みんな知らなくて、みんな生きてるけど、絶対いつか死ぬし、別れるんだから。

その時は受け入れるしかない

ひとつのストーリーがあったとして、ストーリーの途中でたくさん学びがあるんだけど、そのストーリーが終わったら、

その先はない。

必ず、終了、完了がある。

そしたら、振り返る。戻って思い出して

登場人物や出来事を自分の糧にする。学びにする。

それしかないと思う

まあ、これも主体は自分なわけで

これも自己満的な考えなのかもしれないけれど。

死ぬ側(離れる側)の気持ちはわからない。

でも、予測や寄り添いはできるから。

そう思ったら、

ばあちゃんも、チャチャも

もう充分だよ。がんばったよ。無理しなくていいいんだよ。楽に呼吸して。リラックスして。ありがとうね。

それしかないよ。

「ばあちゃん!大したもんだよ!!」大きい声で言った。

他にも安心できる言葉をいっぱい言った。

大丈夫だから。心配しなくていいよ。

みんなに任せて!私に任せて!

あの時のことはもう怒ってないんだから大丈夫!

畑、やるから。

豆も、まくから。

普段仕事を引き受けたり手伝ったりする感覚で、そう言った。

14年経って、じいちゃんが迎えにきたよ。

天国にはいっぱい友達が待ってるから。

冗談言って、いつもみたいな口悪さで笑ってるんだと思う。

みんな、さみしいけど

さみしくなりながらも、さみしくなってる暇がないくらい、自分の人生をやろう

いつ死ぬかわかんない。

何年生きるかわかんない。

やりたいことやって

言いたいことを言える自分になって

優しく、たくましく、

人生謳歌しよう

人のせいにしない、人に依存しない

自分でなんとかできる、自分のことは自分で責任をもって幸せになれる、

あるならかんしゃする。

ないならつくる。

そうやって、暮らしていこう。

ばあちゃんの料理

熟練の味は出せないけど

わたしはわたしの精一杯の、わたしの料理をつくれるから。

ハルちゃんには卵焼き。私がつくる。

味噌も畑も草取りも私がやる。

みんな、大丈夫だからね!!

投稿者: icecream

実家は梨園,東京に住む。趣味はジムとプール。仕事終わりにおやつを食べる時間が幸せ。好きな色は白、ミニマリストはやめました。朝は白湯とバナナとパン、夢は植物園のような美術館のような空間に住むこと。 多拠点生活をしたい。ラジオ生活。

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