
人が自分の鏡だとしたら、
あの人がしてくれる優しさも、わたしの一部で
あの人の残酷さも、わたしの一部
身内とたくさん会っているこの頃
親戚の怠惰さや適当さ、雑さ、無責任さ、優先順位の曖昧さ、めんどくささ、非常識、甘え
過度な責任感、余計な一言、ユーモア、人情、気遣い、食事が重要なこと、感謝、意地悪、傷付くことへの恐れ、無価値感、昔のことを根に持つ、恥をかくことへの恐れ、失敗することへの恐れ
こういう感じたこと全部、自分の一部で、あって、
それを出したり出さなかったり使ったり隠したりやめたりして、生きているんだなと思った。
全部自分にあることを認めよう。嫌だなと思うことも、好みじゃないなと思うことも、正しくはないなと思うことも。
それを、否定したり潰したりしなくてよくて、
それは、
共存、全て共存なのかもしれない。
そして、自分はそこへ埋もれて合わせるのではなく、自分の生き方は自分で決めたらいい。
親戚たち、おもしろいな。
そう笑いながら他人事ではないことにも気付いているというバランスとユーモアと余裕がフラットなんだろう。
身内以外の人といる時も、人と自分の境界線は引くべきである。すべて共感で交わろうとすると、おかしなことになり、自分を見失う。
わたしのままで、相手のままで、そっと近づいて、理解者となるのが1番健康であるならば
ここからはパートナーシップ的な話になるけど
体だけ交わって一体感を感じてしまってはだめだし、
何でも好きな相手に合わせて染まろうとするのも違う。
YOU AND I
【あなたと関わる、私】
身内といたって、友達といたって、
自分がありたいようにあるがままにいたらいい。
身勝手すぎて相手を傷つけないようにする配慮は持ちながら。
直感で好きな人を見つけることが多く、私はその直感を信じているけど、
その出会いが何の学びか、どのくらいの時間をかけて関わるかはわからない。
相手に染まらないこと。自立していること。
自分が積み上げてきた、自分らしさに誇りをもち、自分らしくいること。欲が強くなりすぎたら相手の気持ちや立場に目を向けて、自分本位にならないこと。
わからないことは、いそがないこと。
落ち着いた自分を思い出すこと。