どうなりたいの?

あれこれ

あーだこーだ言ってまず現実を把握したら、

じゃあどうなりたいの?

と自分に問う。

人は変えられないとして、

自分はどうありたいか。

シンプルだ。

感謝したい、と思った。

いいことも、わるいことも。自分の思い通りに行くことも行かないことも。ああ、だめだなと思う日も、悔しがりながら、踏ん張りながらも感謝する。

日々起こるあれこれに、感謝したい。

今日の朝、大きな雪だるまがあるよ、来て。と手を引っ張ってくれた男の子

このこは、絶対にまじめには叱らないと決めている。すごく意地悪なこともできて、すごく感動することもできる芸術家タイプ。

それは、彼にしかない大切に守るべきすごいところであり、わたしにはどうすることもできないし、成長をじゃましてはいけない。

この仕事をしていると

お尻を叩きまくって可愛がるタイプや、

そっとしとくタイプ、

優しくしかしないタイプ、

野生のカンでどう関わるかがだいたいわかるようになる。時間はかかるし、たまに間違えるけど。

結局相手はわからなく、

変えられるのは、わたしの接し方と捉え方だ。

1番いい距離感を探し、心地よい言葉を選び、近くから、遠くから、愛すること。

これが、わたしは仕事では上手にできてると思う、だけどプライベートではできないことを自覚している。

好きなら自分の思い通りにしたくなり、特別になりたくなり、所有したくなり、独占したくなる。

そんなの、ぜんぜん愛じゃない。

関わる縁のあった人にはもれなく感謝を持ちたい、それがわたしの目指すところ。

そして、現状に感謝を。

もっと、とか

よくが出たら自己中の入り口だと気付きたい。

人生35年の中で1番揺れたと言っていいほどの出来事から1年半

まだ1年半

大きくなりすぎてしまった自分の気持ちの山を平らにして整理してるとしたら、

今50パーセントくらいは削れて土に返った気がする。

思い出のものや、形、色、味を感じると、

まだちくちくする。感じないようにと意識したら余計にピリピリする。

3年…3年したらやまは90パーセントくらい削られてなだらかになる。そして、そこで工事は終わらせると思う。そっと小さい山を残して生きていく。完全には消せないし、消さない。そこまで小さくなったら、愛おしくてかわいい思い出になるんだろう。

3年というと、今は折り返し地点かな。

彼といる期間、いろんな自分が出てきた。

大人しくて、自分が犠牲になっても人を優先してしまうわたし、を嫌うもう1人のわたし

嫉妬心が強く、所有欲が強いわたし

内に怒りを秘めていたわたし

爆破力と破壊力がとんでもないわたし

思春期の爆発みたいなのもやらせてもらった。

甘えたいくせに自立心が強く、

ふわふわしてそうで剣をたくさん持ってて突き刺す、 

単純そうで複雑な自分を知った。

そして今はそれを誇りに思ってる。

それに気付かせてくれた出来事には、やはり後悔じゃなく、感謝がいい。

わたしはどこまでもさわやかに、

どこまでも女々しく、甘々で、

意地悪な嘘はつかないが優しい嘘はつく、

そんな本来のあまのじゃくで変で難しい自分を自由に楽しみたい。

独占欲と所有欲がすごくあること、それは認めつつ、本当に大切な人には、それよりも優しさと尊重と愛がが勝つように調整していくことが今後目指すところ。

捉え方にヒントがある。

今日みた、綺麗なガラスのグラスから連想された彼との過去の思い出は、、、

楽しかった

美しかった

儚かった

素敵だった

切なかった

寂しかった

愛おしかった

好きだった

いろんな感情が入り混じっている。

とても、大切な思い出だったのに、自分から切り離してしまった。切り離したくなかったけど、大切すぎて切り離すしかなかった。

それはもう、そうするしかなかった。

でも、今塗り替えればいい。物は切り離したけど、思いは残ってる。そしてその思いを人生の宝物にして生きてく。

そんな経験をさせてくれた彼を愛しているし、愛していていい。愛の形なんてたくさんある。

彼を愛していたら、次に愛する人は見つからないなんていうのも幻想

みんなみんな愛して感謝して生きていくの。

目に見えなくても。

何回も確認して、感謝して生きてく。

所有すること

好きなガラス作家さんである山野アンダーソン陽子さんと画家のコラボ展示をオペラシティに観に行った。

初めて生で見る陽子さんがつくったて形は美しかった。

ガラスのゆがみ、絶妙なライン、手でつくったからこそそこにコーティングされる雰囲気とかすかに感じる作者の影

展示の中に、懐かしさを感じる形をみつけた。

そしたらなんか嫉妬して過去を思い出してむっとなってしまっている自分がいた。

わたしが所有していたものの形に似てたから。

自分から、捨ててしまったもの。今手元に無いことが悔しくなった。

持ってたのに。手の中にあったのに。好きだったのに。

物には情がのるし視覚的に入ってくるものだし、思い出とともに、そして、彼の影を1ミリも残してはいけないと、捨ててしまった、好きだったもの。

好きだった物はないけど、写真はある。

わたしも絵を描いてみようかとかなんとか、悔しさをはらすことを考えたり、

いや、潔く無くしたわたしはかっこよかった、とか思ったり。

以前ほどではないにしろ、わたしの後悔や執着心はまだまだ取れてないことに気付く。

選択が合っていたとか間違っていたとか、そういうことじゃなく、今、

どう受け止め、受け入れるかに意識を向けよう。

心の中で、ひとつひとつゆるしていこう。

幻想

あんなに憧れでキラキラしていたハワイ

死ぬまでに1度は行きたい天国のような場所

イメージだけの中で大きくなっていた

ひとりでハワイへ1週間。それはそれは、勉強合宿のような、ハードな旅だった。

寂しさと、不足感と、無力感との戦い

帰ってきて、

日常がどれだけ楽しくて恵まれていて美しいか、わかった。

やることがある

やりたいことがある

好きなように動ける

好きなものを食べられる

必要なものが揃っている

好きな服を着る

自分が与えられるものと他人から与えてもらうものが日々あって

好きな人がいる

大切な家族と会える

水が豊か

落ち着いて考える時間

そして安全

外側の幻想、憧れはあっけなく

こんなはずじゃなかった、ハワイに行ったら私は幸せな気持ちになってパワーアップすると思ってたけど、そんな自分と対局の自分が面白かった。帰りの飛行機のトイレで、胃の奥の奥から全部のものを吐いて空っぽになり、げっそりと帰国した。笑

行かないとわからなかった

憧れ、理想、夢、

それはなんのためにあるのかな?

物によって、他人によって得られる幸福感

幸せになりたい

幸せにしてもらいたい

そんな気持ちばかりで生きていた

帰ってきてから考える。

ハワイの幻想と一緒で、

彼氏がいれば、親友がいれば、結婚できれば、いい仕事ができれば、幸せ、じゃない。

そんな単純なことをわかっていなかった。

形からつくったものは、きっかけにはなるかもしれないけど、ゴールではないということ。

自分の中の好きや居心地の良さや幸せを研究、探求することを一生やりながら、楽しく生きていく、

結果が出なくても、出ても、

「過程」愛す。力を抜いて、身を委ねる。

景色を愛す

自分を愛する、感謝する

でも実はそれ(過程を楽しむこと)はこわい。

なぜなら時間と人生は有限で、

いつどうなるかわからないから。

マラソンのゴールをしなきゃしねない、

結果を出さないと、生きてる意味ない、悔しい

そんな、焦る気持ちがある。

今日やりたいことは今日やりたい、そんな気持ちは、前向きでもあり、生きる意欲であり、後悔したくない、失敗したくない、という弱さから来る。

失敗したって、もがいていたって、ださくても、器用でなくても、全部完璧、

「完璧じゃない人生なんてないのよ」

そう心底思えるにはまだまだ時間がかかる。

あがきもがいていけばいい。

熱をもって。熱が出ちゃう時期だから。

悲観的にならないように、どーでもいい、そのくらいの余裕を今年はもちたい。それは強い。

何があろうと、いろいろあっても、なくても、まあ。大丈夫でしょう、と。

いいことは忘れない。悪いことは謙虚に受け止めて落ち込みすぎない。単純だけど、それが大事なんだ。

振りまわされない入り込まない芯の強さとしなやかさを身につけたい。

いらない欲

自分をわかってほしい

知って欲しい

見てほしい

すごいと思われたい

やっている価値を認められたい

話を聞いてもらいたい

そんな友達やパートナーがとなりにいたら

うざいなと思う。自分のことばっかりで。

いや、話の中では、自分ばっかりではないのかもしれない。

でも根本の自分が満たされてない。

満たされてないから誰かに満たされようとするずうずうしさ

助けを求めてる

助けてもらったら、変わるのかもしれないけど

やっぱりどこか原因不明の寂しさは残るのかな

嬉しかった、母の育児日記。

もうそれだけで、いい。

いろんな状況があれど、困難もあれど、

ありがたい気持ちで満たされた。

私はあやうい。おっちょこちょい

でも元気に楽しく生活できてる。

こんな幸せなことないと思う。

感謝で生きる。遠慮せずに楽しむ。

この1年は、深い幸せをいつも感じて生きる。

2才までの記録

年始早々、弟が実家の大掃除をし始めた
約30年分の物、物、物
全部引っ張り出して
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そんな中、育児日記が出てきたらしく、もらって読んでたらコンタクトが取れるくらい泣いちゃった。
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2歳の私も、32歳の母も、今とやってることが全然変わらないじゃん笑!っていうことに驚いて、人の本質はいくつになっても変わらないんだねってよーくわかった。そして、父はいつも不在。
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人にいじわるは絶対しないけど、母には噛みつくこと
天然なドMで自爆して「いたいねーいたいねー」と言っていること
絵と歌と遊びが大好きなこと
じっとしてられない
とにかく外で走り回りたいこと
みんなに愛想ふりまいて可愛がってもらうこと
待てができないこと
おいしいものもらって機嫌が良くなること
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病院が嫌いなのは、2才になる前、生まれつきの指の変形を治すための手術を、お医者さんの指示でやることになった(生活に大きな支障は無いがふつうと違うからという理由で半強制的に決められた)こと原因だとわかった。
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予定日に熱を出して延期になったらしいけど、また新たに予定が組まれてしまった。麻酔をかけられてした手術は無事に成功した。でも、嫌で嫌で怖かった。反抗して点滴を取って血だらけになっていたらしい。

母は人とは違っても個性としてそのままにしておくことが良かったのかもしれないと最後まで悩んでずっと泣いていたらしい。

目の前に点滴があり、母が優しくしてくれる。母が後悔とか悲しみとか苦しみとか不安とか自分を責める気持ちとか、いろんな思いを抱いていたことは当時1才の私にもよくわかっていたと思う。

あの時の、もう二度とこんな経験したくないって思って吐きそうな気持ちは、今でも思い出せる。
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なるべく自然でいたい、人工的にきれいにすることを好まない、そのままでいいという考えも、多分ここから来てる。自然の中も。曲がった花こそ色気があって美しいと思うのも、ここだ。アートも、素材や場所や土地の良さを生かすものは大好きだけど、そうじゃないものは自然破壊だと思ってしまう。


そういえば、私は歯も矯正していた。矯正してもらわなかったら、私はかなりの出っ歯だったので感謝してるけど。足も、姿勢も、、、私は骨が曲がりやすい体で生まれてきたんだな。と今気付いた。目に見えてわかりやすいところで、人とちょっと違っても何も問題ないし、悪くもないってことをわかりたかったのかもね。

人間で言えば、もちろんすらっと長い足やいいスタイルは憧れるし、素敵だと思うし、魅力的。

でも、だからって、そこで人の価値が決まるわけじゃない。

心と体は繋がっている。

ピラティス?とかでいうと、体の歪みは心の歪み、とも言うのかな?言うとしたら、、、

私が本当の意味で、私の人生の目的、わざわざそうして生まれてきたことに気付いて認めて癒したら、骨の曲がりや歪みは治っていくのかもしれないよね。(おもしろい)

母の日記は、弟が産まれそうな頃、私が2才の誕生日を迎えたところで終わった。

余裕がなかった、と。

多分、少し解放されたんだと思う。それが私は寂しかったんだろうなー、そして、男である弟が母の癒しであることが羨ましかったんだろう。ありのままの天然な私は母を悩ませてばかり。弟は慎重派で頭が良くて母を安心させる。

自分に無いもの持ってて、劣等感感じまくりだったのね。

なんか、ちょっと答え合わせができた気がした。

夢のハワイ

ひとりでハワイ島に来た。

子供の頃、家の周りしかチャリを乗らせてもらえず、ヨーカドーも行けなかった。

高校までずっとチャリ通、

高2の夏、はじめてひとりで3駅電車にのった

大学は埼玉で、夢のような日々

就職で東京へ、一人暮らしをする。

私の行動範囲はすごく狭かった

春、ひとりでデンマークに行き、

2回目の1人海外のハワイ

まだまだ世界は広い

外側の世界と比例して、内側の世界も広がっているといいんだけど。

完結はない

ゴール目指して

マラソンみたいに日々走って

がんばって

だけどたんだんいつゴールなのか不安になって

ゴールの場所さえわからない

こんなに頑張っているのに、なんで?

疲れたなあ

こんなこと

しばらくずっとやっていた

朝6時に家を出て、電車に乗った。

電車のホームで、

あ、ゴールなんてないんだと思った

本当の意味で腑に落ちたような諦めたような朝

映画のように、エンドロールがはやくきて、

そのあとずっと幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、で

幸せにくらしていたい

それはわたしにとって結婚であった。

結婚できたら、ゴールだって。

安心なんだ。って。

(んなわけある?笑)

でも、完結はなくても完了はあると思う。

終わらせること

くぎりをつけること

結局私は自由人でちょっとねじ外れた父が大好きだし、

頑張りすぎてたまにヒステリックになる母を愛おしいと思う

しかし自分はそうなりたくない。多分

なりたいのかもしれない。

もっと、父を母を理解したいと思うから、

似てみたいんだと思う。

でも、知ってる。

実はふたりとも自己完結型で、ふたりで幸せではない。夫婦ふたりでの幸せを感じないまま、父はしんでしまった。ふたりともけっして満たされてはいなかったし、期待もしてなかった。

わたしは、同じ道を歩みたく無い。

だから完了させる必要がある。

それには分析と理解が必要で、

きちんと自分と向き合わなくちゃいけない。何回も、時間をかけて。

1人でも幸せだけど、

2023冬の朝

1年間、結婚生活をちゃんと終わらせるために、小さな5万円のアパートに引っ越しをした。

ここで強くなるんだと、自分を追い込むように暮らした。ちゃんと自分の足で立つと決めて好きだったものまで全部過去に置いた。ミニマリストになった。

寒くて、狭くて、寂しくて、でもなんか笑っていて、気合いだけはあって、完全に変人だった。住んでいた駅がトラウマになるくらい変な感じで頑張りすぎちゃった。(追い込み方が間違っている)

結局、そこには3ヶ月しかいなくて、今の家に引っ越した。

朝の青い光が似合う、好きな部屋

通勤の道も、好きと声に出てしまうほど好き

ここに来てよかった。

溺れるもの

星占いで、

酒にのまれないように

タバコ中毒にならないように

とか言うのを聞いて、わたしは大丈夫だと思った。

いろんな人がいる

わたしには酒やタバコに依存してしまう人の気持ちはわからない。

でも私が、好きな男にはまってしまう気持ちと照らし合わせたらわかる気がした。

どーしようもないんだよね。

みんな似てるし

みんな寂しい

forgiveness

明日は寒くなるみたいなので気をつけましょうね。
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最近、なんだか疲れ知らずでエネルギーが有り余ってます。だからいらないこともやっちゃったり言っちゃったりで毎日反省会…
何が1番良かったのだろう?正しさってなんなんだろう?とかずっと考えても、、、(すぐ答えが出るわけない)
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わたしは基本的に平和主義でみんなとなかよくできるタイプだけど、曲がったことや人を傷つけてるようなことがあると、それいいんですか、と棘が出てきてしまってびっくりされる。
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正義、正論が全てじゃないし、もしかしたら私が間違っているのかもしれないと思う意識もある。私は傷付けるつもりはない。ただ、本当に大切なことをを大事にしたいという姿勢だし、本質をもっと追求したいし、それを知りたいって欲が強いだけ。その場しのぎでなあなあにするのは本人にとってもよくない。真正面から解決しようって思うし、熱くなってしまう。良くない方向へ進んでいることは全力で阻止しようと主張してしまう。
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諦めたほうがいい事と、見逃しちゃいけないことは紙一重で、なかなか難しい。
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ただ、主張も、戦いも、言い方とタイミングとか状況が大事なんだなって今は思う。底の底にある思いが実は言葉にのって伝わっている。
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守りたいものがあるから戦います
っていうのは、やっぱり違う。もっとみんなを大事にしながら戦わずに状況を変えられる人が本物の平和主義者だよね。みんな大事。忙しいから仕方ないよね、で片付けられてしまうかもしれないけど、その場しのぎだとまた同じような問題が起こって悲しい思いをする人がいるのだったら早めに解決した方がいいでしょ。
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昨日、外国人の友達に教えてもらったこと。
みんな、家族や近くにいる人を大切にすることは当たり前にできる。家族じゃない遠い存在、例えば悪人も大切にできる、祈り、許せることが平和。forgiveness

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