さみしいかなしい夜

WEEKEND

楽しみにしていた約束が、なしになった。

特別だった。

準備も含めてそれを考えた時間は長かった。

それは、姪っ子の誕生日会

かわいくてかわいくて仕方ない姪っ子のために、

私はお誕生日カードをつくったり、

シフォンケーキを焼こうとか

大好きなぶどうを買おうとか

いろいろ考えていた。

明日だけど…、

え、明日は実家に行かないよ。

ガーン。

(おかんに言っといたから伝わってると思ってた)

弟は言葉足らずだ。母に言ったことは私に伝わってるんだと思ってるし、その逆もあってたまに何が本当かわかんなくなる。

重要な日くらい、直接ちゃんと、連絡が欲しいよ。そ

う。一言、欲しかった。

適当に扱われている気がして、大事にされていない感を勝手に感じて押しつぶされそうになる。

勝手に信じて、裏切られて、勝手に傷ついている。

わかって欲しかった。私がちゃんと姪っ子を思って、考えていること。

弟に悪気はない。そういう人。

感謝も重要な連絡も、どこか適当で、私の感覚とずれているのだ。

いちいち傷つくのは、やめたいところ…

兄弟だって、別々の人間と感覚なのだ。

育ちは一緒のようで違う気もする。友達関係とか、学校も。まあ、異性だし、分かり合えたことは本当に少ない。

娘が生まれてから、かわいいかわいい、大切にしたい気持ちが、貴重な共感、だったのかもしれない。

父、弟、

私が男の子とあんまりうまくいかないのは、コイツら(笑)との関係にひっかかりがあるからだということは前からうすうす気付いている。

私も含めてだけど、うちの家族はみんな個性的でバラバラ、なのだ。

朝ごはんの時間も、食べるものも、バラバラ。だった。

っていうか、家族4人揃って食事したことって、私の人生で100回くらいなんじゃないかな。笑

1年365日もあるのにね。

それはおもしろくもあり、ちょっと人間として欠落しているのかも。笑

弟も、父も、悪気はない。

もっと言えば、元夫も。

だから諦める、というのはちょっと切なくて、

私は、感情的にならず、私の思いを言葉にして伝える必要があるんだと思う。もちろん、刃物みたいな言葉を突きつけるんじゃなく、淡々と。

でも私は感情人間だから、言葉の前に感情が来ちゃって、それが、とても難しいんだけど。

だから恥ずかしくて、隠したくなって、言葉が出る前に逃げてきたんだな。

言葉の刃物を出して自分を守るのは、自分が弱いからだ。相手を責めて自分を正当化することも、自分を守るため。

弱さを出せる人が好きなのは、私も弱さを出したいからなんだなと思う。

正直な感情を出した時に、ダサいとか、うっとうしいとか、めんどくさいとか、メンヘラとか言って笑うやつに、私の感性はわからないしわかってももらいたくない。

で、それが、家族だったわけなんですかね。

なんで私だけ、感情が強い人間に生まれてしまったのか。そして、1番冷たい人間になってしまったのか、、、よくわからないな。

そんなこと言って、ちゃんとした深い愛情が私にわかってないだけなのかもしれないしね。

簡単なようで、難しい

難しいようで、実は単純な、

自分と世界とのからくりに気付きたい。

それで、もっとおおらかに自由になりたい。

許しは平和で、許しは愛、と思いたい。

期待されないこと

期待をかけすぎる親

それで、期待通り成功したら一緒に喜んで、よかった。なんだけど

期待に応えられなかったら…?

自分の悲しい思いと、親への申し訳ない気持ちがのこる。

自分は、だめなやつ。親の期待に応えらる力がない。

逆に、期待しない親

もちょっと問題だと思う。

「大丈夫、期待してないからね。頑張ればいいよ」

これを言われちゃったら、ちょっと複雑。

私は、出来が悪いから、期待もされないんだな…とか。

それで、結果が出なかったら、

「まあ、あなただから仕方がないよ。」

結果が出たら、

「びっくりしたよ。」

言葉って、残酷だなー。

言ってる方と言われている方の意味もびみょーに違っていそう。

私は、期待されたかった子どもでした。

どんくさい、おっちょこちょい、本番に弱い、そんな子ども、と思われていたし、そうなんだと思っていた。

いや、違うでしょ、いつもそうとも限らない。

と、大人になった自分が言う。

傷つきたくないから、期待しない

それは、親⇄子

両方あるなと思う。お互いにそうして、本当は何がいいのかわからなくなってる。

(話がちょっとそれるけど)

図書館で借りた心屋さんの本を読んでいて、あ、私もあるな、とピンと来たことがたくさんあった。

ムカついたり、怒ったりする出来事の裏には、小さい頃の傷(古傷)があり、傷つけられたのではなく、もともと傷ついていた、ということに、しっくりきた。

怒り、悲しみ、やるせない気持ちの古傷の痛みが出てきたら、これは癒して理解するチャンス。

落ち着いて分析すれば、わかる。

そして、新たに気付くことがあった。

私は、図工授業で、子どもが精神的な理由でうまくいかなくなると、それを自分の問題としてしまう。問題というか、つられて自分のことのように影響されちゃうというか…

でも、それは、その子の問題で、私の問題ではない。その子と私を同化してはいけない。。。とは分かっていても。。。

わたしは、うまくいくように、祈るしかない。それがちょっと乱暴でもあり、自分を守るための諦めである。

もちろん『図工的な』指導はする。ヒントも出す。

でも、その子の暮らしとか抱えている問題とか、心の奥まで踏み込んで力になろうというのは、お節介であり、違う。

そこが、ごっちゃになるから複雑に絡まってる。

図工なんて、その子の色が出まくる。経験も、生きてきた人生も。だから、苦しくなる。反対に、癒される時もある。

今の時代は、苦しくなる方が多い。そっちの比率の方が多くて、わたしの心がやられてしまう。

光と影はセットで、どちらもあると認めて、

正しい、とか、美しい、ばかりを求めない自分になれたらいいのかもしれない。

わたしに、余裕、余白が足りないのかな。

小さい子の絵が好きで、担当も小さい子限定にしたかった理由は、そんなブラックな陰に引っ張れるのが辛かったからか。

最近小さい子まで大人化してしまっているけど。

まだ小さい子どもなのに、絵や作品の中に陰をみるのがわたしは耐えきれなくて、なんとか愛を、と思う。そして、自分がすり減っていくんだな…

考えすぎかも。

図工の授業に対して、単に飽きている自分と、疲れている自分がいる。

時代のせいにしたくないけど、わたしはそんなに強くない。

期待する、期待しない

他人と自分

自分事と他人事

いろいろなことが混ざっている。

傷つけないで生きていくなんて無理だ。

めがまわるときのたいしょほう

30人〜40人の子たちを一気に見きれない。

1人だって、表情や姿勢ややっていることなど情報がつまりすぎてる、1人から感じる情報が5こあったとしたら、情報5こ×30〜40人、ってやばくない?

そりゃ、目が回るわ。

そこで、これからの対処法として、

まず見たいテーマを決める

「困ってる子、いるかな?」

そして、全身センサーを、オン。

あ、いた。見つけた。

こうやってやろうかな。

練習したらできそうじゃない?

視覚だけに頼らず、

全身に目をつける。

心で、スカートの裾で、背中で、肘で、足の裏で、感じる。

飽きたことを認める

物事が停滞した時、

例えば仕事で…

その理由を探したり、

やり方を変えてみようとしたり、

モチベーションを高くしようとしたり、

いろいろもがくんですが、

もう認めようと思う。

私は、それに飽きている。笑

問題は自分だということは、もうとっくにわかっていたんだけど。

突き詰めればキリがないし、終わりもない。

だけど、ちょっともう飽きているのだ。

他に楽しいことが見つかったから尚更

また興味が出るかもしれないけど…

オーバーフローだ。

だからといってすぐ仕事を辞めるわけにもいかないので、飽きていると認めつつも、

頭じゃなくて、感性で、仕事してみようと思う。目を身体中につけるイメージ。

肉じゃが事件

2年くらい前の話

彼が、すごく上手に、完璧に、見た目も味もperfectな肉じゃがをつくってくれた。

だけど、さあ食べようとなって、

あれ?

わたしがごはんを固く炊いてしまった。(鍋で目分量で炊いて、いつもはうまくいくんだけど、その日は失敗した)

彼は激怒、わたしは泣く。

お米、ちょっとかたかったね、まいっかーで笑い合えると思っていたのに!

「おまえのせいで、台無しだ」

許して欲しかった。

無言で、泣きながら食べた肉じゃがは、びっくりするほど味がしなかった。

なんで、完璧じゃないと許してくれないの?

いいじゃん、一緒に食べれたらそれで。

彼は、おいしい肉じゃがとごはん、ふたりでにこにこ食べたかった。その気持ちはわかる。

(怒って、泣いて、台無しだ)と心の中で思った。

さて、自分の内面をみてみる。

あるある。わたしも変に完璧主義で、ひとつの失敗でよかったことも全部マイナスになって、本来どうしたかったのかまで、見失うこと、ある。

やっぱり。

おもしろいけど、相手や起こることは自分の内側の反映であり、心の中の叫び、なんだな。

許す。ちょっと失敗しても。

そして、完璧にしたかった自分も、慰める。

好きな人とちゃんと関わること

小学生の時のことを急に思い出した。

女の子3人グループで、○○ちゃんと私、どっちが好き?って真剣に聞かれた。

私は、本当の気持ちを言った。

「わたしは、どっちも好き。」

(そんなこと聞くなんて、なんで?)

わたしはそんなこと、聞かないな。(あ、男の子には聞いちゃうかも。笑)

それが、今わかった。笑

もしわたしが、もう一言足していたらどうだったかな。

○○ちゃんは、こういうところが大好きっていっぱい好きなところを伝えていたら…

または、うまく言えないけど、いつも一緒にいて、楽しいよと手をつなげたら…

◯◯ちゃんが好きなら、なんで◯◯ちゃんがそういうことを言い出したのかまで聞いてあげられたらよかった。それが、もっと仲を深くすると思った。

小さい時も、今もそうだけど、わたしは口下手なところがある。

上辺だけの付き合いから、一歩踏み込んだ関係というのは、こういう心のうちを話せる関係なんじゃないか。

例えば彼が店員さんに怒った時とか、多分、起きたこととは別に理由があって、シンプルにその出来事だけを見ただけではわからない。

ただ、その別の理由に本人も気付いていない場合(またはかっこわるくて隠したい場合)

何の解決にもならないのだけど。

弱さやかっこ悪さは、人間らしくてむしろ魅力的に見えちゃうことが多いわたしは、それを見せてもらいたかったし、見れた時にはすごく嬉しくなった。

それを伝えてみたらよかったな。

少し前、またびっくりすることがあった。

「なんでわたしより、◯◯さんが先にあなたをフォローしているの?」って言われた。

(え、そんなのどうでもよくない?)

わたしを好きでいてくれたのかな。

そんな時、いい返ができなくて、言い訳してしまった。いいんだか悪いんだか。

その人の気持ちはその人しかわからなくて、自分が考えるものさしでみんな生きてるわけじゃないから、だから、みんなおもしろいんだなって思う。

だから、傷つくと思わなかったことにすごく傷付かれたり、よかれ、と思って言ったことがお節介だったりする。

ならば自分と価値観が合う人だけ見つけて生きていったら?とも思うけど、それも極端すぎる。

好き、と思った人とは、きちんと関わりたいと思った。

特に男性には、自分の理想を当てはめがち。

一生懸命関わろうとしても関われない人はいる。好きでも。

でも、時間をかけてでも、ご縁あった人とは一生懸命関わりたい。

話をきくとき

相手が言ってほしい言葉を汲み取って、言ってあげることは、優しさじゃない。

言ってあげる、この表現にちょっと上から目線のような感じがある。

相手が言ってほしい言葉を汲み取って、(いろいろ想像して)相手の力になるような言葉を言うことは、優しさだ。

結局、相手を変えることはできない。変えてあげたくても。

今はきつい言葉を言った方が、きっとためになる!と信じて言って、嫌われちゃうこともあるよね。それはそれで、嫌われ役でもいいのかなと思うんだけど。

きつい言葉も、優しい言葉も、相手によって、ためになったり…ならなかったり…

人によって、厳しいこと言われた方が、はっとして力が出る場合もある。(でも実は傷ついてるのかな)

母は話の聞き上手だ。だから友達も、母と話すと癒されるみたい。

癒される存在、それが1番いいのかもしれない。

わたしは大切な存在であればあるほど、踏み込んでしまう。踏み込みすぎて、一緒に本気になってしまう。

相手と肩を組んで、光の方へ光の方へと、ずんずん歩きはじめてしまう。(本人はまだ歩きたくなくても)

それは、わかる人にわかればいいと、思っていた。そして、私がそこまで踏み込んでしまう友達は、きっとわかってくれるって…思っちゃうんだ。

しかしそれはとても自己中すぎた。

当たり障りないこと言って、それで?何が変わるの?何が変えられるの?

そんな、余計なお世話なのだ。

もう振り切って、それでもつながってくれている友達が本物。 一度離れたって、戻ってきてくれる友達と付き合えばいい。

だなんて、、、、崖から落とすテストなんかして、わたしはわざわざ何をしているんだろう?本物の友達を見つけようとしているのか?

小さい頃からのわたしを知っている友達は、私を優しすぎて明るい、いーこだと思ってる。損するくらい、いーこ。

今は、棘がたくさん出てきた自分に進化してると知らずに関わると、びっくりすると思う。

棘があった方が、生きやすい。そして、本当は棘を持っていたのかも。出さなかった。出さない代わりに泣いた。

どっちにしろ、その棘は、わたしを生きやすくもするし、自分を傷つけてもいると最近わかった。

相手のために、自分が犠牲になる、っていう意味では、昔の優しい私も、今の棘を持つ私も、一緒なのかもしれない。

相手も、自分も、優しくよくなり心地よい言葉を選べばいい。

そのためには、自分の考えを一旦消すこと。

共感はできなくとも、寄り添い話を聞くこと、想像をふくらませて、思いやることが大事なんじゃないか。

相手の話に、私の考えや意志は、どーでもいい。そうなんだ、そうなんだ、と受け止めればいい。

いや違う、とか、こう思うとか、相手の話に自分の体験をごっちゃにするからわけがわからなくなるんだ。

相手にいいアドバイスを、とか、

私に聞いてくれたからには、いい答えを、とか、

わたしは、自己が強すぎるの。

ただ、聞いて、そうなの、そうなの、って、それでいいのよ、と母は言う。

それで、肝心な時にちょっと待ってって、手をとる。それが大事、と。

自分の考えは、聞かれたら言えばいい。聞かれてないのに言う必要ないのよ。

良くも悪くも

相手の人生は、相手が決めることなんだから、

他人ができることなんて、ない、と認めて、

ただ、話を聞くことはできる。と思いやることが大事なんだと。

母はすごいなーと思った。

(わたしには本気も冗談もきっついこと言うけどね笑)

君たちはどう生きるか

(ネタバレはありません)

どうやって生きていくかについては、日々考えてる。

今日は何がしたいとか。どこに行きたいとか。

意味あることも

意味ないことも

誰かの助けになることも

誰かに迷惑かけることも

選択している。意図的に、または自然に。

昨日は、昼から映画を見て、少し早い夕飯で中華を食べた。

麻婆豆腐と、チャーハンと、ナスの揚げ浸し、卵白のスープ、杏仁豆腐、それを2人で分けて食べたらお腹いっぱいになった。

やっぱりそこはいいお店で、サイコーの満足度なのに、ひとり1500円とか。奇跡だ。

映画のことから、自分たちはどう生きるかについて、過去、今、未来のこと、いつ死んでしまうのか。ずっと話は尽きなかった。

変な話からちょっと怖い話まで。

AIがどんどん発達した後の私たちの暮らしについて。

彼女は都市伝説とか陰謀論とかスピリチュアルな話が大好きで、すごく楽しそうに話す。信じきっているわけではなく、本当だったらうける。すごい。って他人事のように冷めた目で話す。

ぶっとんだ話ばっかりするけど、実際は超安全志向で、自分の安全地帯から出ることはしない。危ないことや身の丈に合わないことはしない。ちゃんと計算する。

私は、逆。ビビリで怖いことは嫌だし危ない道も行きたくない。でもなんか、なんかハードコースをわざと行ってしまう。イバラの道を行きがちで、行っちゃってから悲劇のヒロインごっこをしてあわあわしている。

ドラマチックが好きなのだ。

わたしはドラマチックを体験しに、今世を生きているのかもしれなくて、まんまとはまっている。

きっと前世は静かで穏やかで退屈だった。

そんな話もした。

最近のわたしは『それ、意味あるの?』ブームだったんだけど、

絵を描く意味とか、意味…

意味を探すのをやめた。

意味、意味、意味、なぜ?どうして?

それは引き続き考えていくつもりだけど、

結論。な〜んにも、意味なんかないんだ。

生きているからには、何かいいことを、ためになることを、誰かの力に、誰かの記憶になりたかった。爪痕を残したかった。生きた証を、小さくても、残したかった。

それは、人間のエゴだ。

歩けば、足跡は残り

誰かと関われば、誰かの記憶に残る

そんな、きつい、深い爪痕を残す必要なんてある?

楽しく生きればいいんじゃない?

結果、成果、成功、意味、

それって、日々ちゃんと生きてれば、自然についてくるもの、それでいいと思うの。

今週は、白黒の猫、鳥、犬をたくさん見た。

白黒の色は、もう少し肩の力を抜いてみましょう。って意味らしい。

頑張るのをやめる。

力を抜く。

そのままで生きる。

無の時は、無、で、笑ったりしなくていい。

疑問があったら聞く

話したいことは話す

嫌ならやめる。

やりたいならやる。

そうやって、シンプルさに慣れていきたい。

どこを切り取っても、夏

きれいな海

海に浸かり、

友人と話していて、

納得したんだけど、

アプリの人は、ロマンス詐欺。笑

まあ、詐欺にはあってないので、ただのロマンス

騙されていたらしい。

多分、優しい、外国人。笑

カタコト

ラインを教えようとした

テレビ電話を嫌がる

街には危険がたくさんあるなぁ。

まあ、でも、楽しかった。

被害に遭わなかったので、よし。

アプリはやめます。

被害がないと思っていても、情報抜き取られ、とかいろいろあるからね。

リアルな関係でも、騙されることはあるし、

世の中いろいろだなー

まぁ、でも、騙されても、

全てがうそではないと思う。

ロマンス詐欺で遊ぶくらいの度胸がほしいわ。

強制終了

よつば、見つかりましたか?

昨日、夜21時に電話の約束をしていた人

楽しくて長電話になりそうだから先にお風呂に入ってしまおうと、20時前に、じゃ、またあとで、と言ったっきり…

彼は消えてしまった。

メッセージも、Instagramも。

まぼろし〜?

そんなことって、ある?

多分、携帯に何かトラブルがあったんだろうと思う。

もし、仮にわたしのことが嫌だったとしても、いきなりブロックするような感じの人じゃなかったと思う。

でも、私や彼の意志は別として、

タイミングばっちりに途切れてうまく連絡がとれなくなるということはつまり、強制終了、なんだと思う。

あれ?わたし、去年から強制終了を何回したら気が済むんだろうか。

彼は、マッチングアプリで出会った人で、

エピソード3、、、(1.2は1週間以内にEND)

つまり3人目、、笑

好きとか恋とかじゃなくて、ただ、ただ、感性が似ていた。好きな絵とか、考えも。

だから話していて、分かり合えた感があって、仲良くなりたかったんだけど…。

調べてみたら、太陽のサビアンは山羊座2度、私の月のサビアンも山羊座2度

一緒だった。だから、なんか、わかるのか。笑

と、納得してしまった。

顔を見て話したことがないので、なんとも言えないけど、優しくて、底力のありそうな、素敵な人だった。

『恋愛』とはまた違う次元で、人として、彼をもっと知りたかった。

ちなみに山羊座2度は、『3つのステンドグラスの窓、一つは爆撃で損傷している』っていう、ちょっとこわいやつ。笑

これは、冬至の次の日で、エネルギーが陰から陽へ切り替わる時で、それで、パリンと窓がひとつ割れるのだ。そして光が差し込む。

そして、現実をみる。

それを彼も私も、その性質をもっているのはなんか納得。

彼は太陽だから表向きに、わたしは月だから裏の顔として、もっているのだ。現実をみなくちゃいけない、小さな光。

しかも、彼と連絡をとっている間、奇跡はいくつか重なった。

わたしの前世の暮らし方と彼の暮らし方似ているし、

彼がベルリン・天使の詩を話した日には、わたしは天使の羽の絵を見たし、

わたしがよく行く旅行先で大好きな場所は、彼の地元だった。

名前は、わたしの昔の大好きだった彼氏と同じだった。

彼が赤坂に行ったことがあると言った日に私は赤坂にいた。

そんな、小さくて、嘘みたいな偶然はたくさんあった。

なんとなく、このまま連絡は途切れるんだと思う。(はやかったな)

それで、秋あたりに、わたしは彼の住んでいる場所に行くんだと思う。それで、見つけて、〇〇さん!って声をかけるんだと思う。

……なんて、漫画や小説だったらこういうの、いいなと妄想する。笑

今日は、昨日いきなり友人から誘いがあって、展示会と海に行く。

砂浜を素足で歩いたら水虫なおるかな?笑

まだ、夏。

彼からの忠告を守ってみようと思ってる。

『静かに、ひとりで、じっと待つこと』

待つ、とはタイミングのことであり、風のことである。

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう