
楽しみにしていた約束が、なしになった。
特別だった。
準備も含めてそれを考えた時間は長かった。
それは、姪っ子の誕生日会
かわいくてかわいくて仕方ない姪っ子のために、
私はお誕生日カードをつくったり、
シフォンケーキを焼こうとか
大好きなぶどうを買おうとか
いろいろ考えていた。
明日だけど…、
え、明日は実家に行かないよ。
ガーン。
(おかんに言っといたから伝わってると思ってた)
弟は言葉足らずだ。母に言ったことは私に伝わってるんだと思ってるし、その逆もあってたまに何が本当かわかんなくなる。
重要な日くらい、直接ちゃんと、連絡が欲しいよ。そ
う。一言、欲しかった。
適当に扱われている気がして、大事にされていない感を勝手に感じて押しつぶされそうになる。
勝手に信じて、裏切られて、勝手に傷ついている。
わかって欲しかった。私がちゃんと姪っ子を思って、考えていること。
弟に悪気はない。そういう人。
感謝も重要な連絡も、どこか適当で、私の感覚とずれているのだ。
いちいち傷つくのは、やめたいところ…
兄弟だって、別々の人間と感覚なのだ。
育ちは一緒のようで違う気もする。友達関係とか、学校も。まあ、異性だし、分かり合えたことは本当に少ない。
娘が生まれてから、かわいいかわいい、大切にしたい気持ちが、貴重な共感、だったのかもしれない。
父、弟、
私が男の子とあんまりうまくいかないのは、コイツら(笑)との関係にひっかかりがあるからだということは前からうすうす気付いている。
私も含めてだけど、うちの家族はみんな個性的でバラバラ、なのだ。
朝ごはんの時間も、食べるものも、バラバラ。だった。
っていうか、家族4人揃って食事したことって、私の人生で100回くらいなんじゃないかな。笑
1年365日もあるのにね。
それはおもしろくもあり、ちょっと人間として欠落しているのかも。笑
弟も、父も、悪気はない。
もっと言えば、元夫も。
だから諦める、というのはちょっと切なくて、
私は、感情的にならず、私の思いを言葉にして伝える必要があるんだと思う。もちろん、刃物みたいな言葉を突きつけるんじゃなく、淡々と。
でも私は感情人間だから、言葉の前に感情が来ちゃって、それが、とても難しいんだけど。
だから恥ずかしくて、隠したくなって、言葉が出る前に逃げてきたんだな。
言葉の刃物を出して自分を守るのは、自分が弱いからだ。相手を責めて自分を正当化することも、自分を守るため。
弱さを出せる人が好きなのは、私も弱さを出したいからなんだなと思う。
正直な感情を出した時に、ダサいとか、うっとうしいとか、めんどくさいとか、メンヘラとか言って笑うやつに、私の感性はわからないしわかってももらいたくない。
で、それが、家族だったわけなんですかね。
なんで私だけ、感情が強い人間に生まれてしまったのか。そして、1番冷たい人間になってしまったのか、、、よくわからないな。
そんなこと言って、ちゃんとした深い愛情が私にわかってないだけなのかもしれないしね。
簡単なようで、難しい
難しいようで、実は単純な、
自分と世界とのからくりに気付きたい。
それで、もっとおおらかに自由になりたい。
許しは平和で、許しは愛、と思いたい。








